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Brewery Artwalk
LA:2015-05-14 18:05 (193)
 4月の終わりにBrewery Artwalkへ出かけてきました。ロサンジェルスのダウンタウンの北東にチャイナタウンをはさんで廃れた工業地域が広がっています。ひと昔前には、大きな酒造工場の高い煙突がランドマークとなっている周辺は廃墟地のようになっていましたが、80年代半ばに、ある団体がそこを買い取ってアーティストが居住/アトリエとして使えるロフトに改装して賃貸を始めました。今では、およそ12の大きな倉庫と工業ビルが様々な大きさに仕切られてアーティストに貸し出されていて、一年に2回、地域住民との繋がりをもつことを目的に、アートウォークが開かれて、一般人がアーティストのロフトやアトリエ/ギャラリーを散策し、作品を購入できる日があります。
 たまたま友達が車を修理に出していたときに、彼女を家まで送ってゆくことになり、送り届けた場所がこのブルーリーで、目印の高くそびえ立つ酒造工場の煙突を観たときに、私が23年前に、ロサンジェルスに来て初めてエキストラの仕事をしたロケーションだったことに気がつきました。当時は、工業廃墟地で周りには人が住んでいた気配もなく閑散としていたので、今ではこんなにたくさんの住人がいてコミュニティーができていることに驚きました。
 実は、このブルーリーは、私にとってとても思いで深い場所なのです。というのは、ここで初めてエキストラの仕事をしたことだけでなく、その日は、ロサンジェルス暴動が勃発した日だったからです。歴史に残るような大事件が起こったとき、たとえばケネディ大統領が射殺されたとき、ダイアナ妃が亡くなったとき、9・11や震災が起こったときなど、何処でそのニュースを聞いたかということは鮮明に覚えているものです。さらに、今回、Brewery Artwalkが行われた週末に、アメリカのボルティモアで暴動が勃発したという偶然もあり、23年前を感慨深く思い出しました。

 当日、ロサンジェルス暴動が勃発した一日の記録があるので掲載します。
 

23年前の撮影のときに撮った写真。

ロフトに改造されてアーティストのアトリエ/住居として使われている今現在。
 1992年、春。
サンセット・ブルバードの人気書店、Book Soupの裏に背中合わせに建つピーチ色のアパートにアクティングクラスで知合ったアメリカ人のルーム・メイトと一緒に住み始めて2ヶ月目のある日、寝室の電話が鳴ったので出てみると、同じアクティング・クラスへ通うジリアンからだった。
ジリアンは、サンセット大通りにある人気のフレンチ・カフェでホステスをしながらムービー・スターになるのを夢見る19歳のアメリカ人。くせのあるブロンドのショートヘアーに大きなブルーの目をして、雪のような白い肌に何も塗っていなくてもピンク色のぽってりした唇がひどく魅力的な女の子だった。ルックスは良いけれど、落ち着きがなくてソワソワしていて、ちょっと注意散漫でつかみどころがない風があった。黙っていればドキッとするほど色っぽいのだけれど、しゃべりだすとあけっぴろげで大ざっぱで心ここにあらずといった様子で、クラスで先生から演技の批評を受けているときでも、論点の見えないおしゃべりを始めるので、人の話をきちんと聞くようにとよく注意されていた。社会のルールだとか世間の目に縛られて暮らすことに疑問を抱いて日本を飛び出した私にとって、そんなフリー・スピリットで自由奔放なジリアンは魅力的な女の子として目に映った。
一度、ジリアンからビバリーヒルズでのパーティへ行こうと誘われて一緒に出かけたとき、彼女のワイルドな行動に度肝を抜かれたことがあった。
パーティは、ロデオ・ドライブのティファニーの向かいにあるレストラン・バーで、入り口で飲酒が許される21歳以上であることを証明するIDを見せなければならなかったが、ジリアンは、ちゃんとフェイク(偽装)のIDを持っていてすんなり入ることができた。ところが、店に入るなり、居る男性がみな年寄りだとか、キャッシュを持っていないからドリンクが買えないとブツブツ文句を垂れ始めた。私が飲み物を買うとオフォアーすると、
「いいの、いいの、友達を探せばドリンクはタダだから。ちょっと探してくるわ」と、店の奥の人ごみの中へ消えて行った。
 私は、ひとり取り残されて、ぽつねんとたたずんでいると、数人の男性から声をかけられたので、片言の英語で返事をしているうちにジリアンが戻って来た。VIPルームで盛り上がっている男友達を見つけたけれど、すでにきれいどころの女性が揃っていて、ジリアンが現れてもお呼びじゃないといった感じで、あっさりあしらわれてしまったらしい。ジリアンは、早口なうえに、若者特有のスラングや流行り言葉を羅列するので、私は彼女のしゃべっていることの半分くらいしか理解できなかったけれど、
「彼は、アース・ホール!(いやな奴!)」なんて怒っていた様子からして、だいたいそんなことだったのではないかと察することができた。
 すると、今度は、お腹が空いたから、こんなつまらない所を出て何か食べに行くというので、ドリンクを買うお金も無いのに何を言っているのだろうかと思ったけれど、そういう辻褄の合わないところがジリアンのおもしろいところでもあったから一緒にレストランを出て着いてゆくことにした。
ジリアンは、店を出るなり、今度はトイレに行きたいと言い出し、レストランまで待てないかもしれないとつぶやきながらも、そこから2、3ブロック離れたカフェ・ローマというイタリアン・カフェがまだ開いているはずだからと、そちらへ歩き始めた。以前、そこでホステスをしていたジリアンはオーナーを知っていて、行けば何か食べさせてもらえるかもしれないということだった。そうしゃべりながらも、
「ああ、この靴、死ぬほど痛い」と言い、履いていた白いラメ入りのパンプスを脱いで手に持ち、裸足でヒタヒタとロデオ・ドライブを歩き出した。
ロデオ・ドライブのティファーニーの傍といえば、東京育ちの私にとっては銀座4丁目の和光と三越の間のようなもの。そんな所を裸足で歩き始めるのだから驚いてしまった。それだけではなく、ワンブロックほど歩いたところで、ジリアンはどうしてもトイレが我慢できないと慌て出し、
「そこでピー(おしっこ)するから、サエミは、人が来ないように見張っていて」といって、路地裏にあった大きなゴミ箱の横にしゃがみこんで用を足し始めた。私は、ジリアンに背を向けて歩道に立ちながら、実際に人が歩いて来たらどうしよう。
「友達が、おしっこしているので、こっちを見ないまま歩いてください」とでも言えばいいのか?どうか誰も来ませんようにとハラハラしていたら、ジリアンが、
「ウオッチ・アウト!ウオッチ・アウト!(気をつけて!気をつけて!)」と騒ぐので、今度は何事かと思ったら、地面に傾斜があり、彼女のおしっこが私のほうへ流れてくるから踏まないように気をつけろと叫んでいたのだ。
これにはたまげたが、ジリアンのそんな羞恥心のないカリフォルニアンで開けっぴろげなところが、私にはカルチャーショックであり、刺激的で、さすがアメリカン・ガールだと感心させられた。
———と、話しがそれたが、
 アパートに電話をかけてきたジリアンから、
「サエミには、エージェントがいるの?」と聞かれた。
 いないと答えると、彼女のエージェントが、コマーシャルのオーディションにアジア人の女の子を送りたがっているので、エキストラだけれど仕事をやってみる気があるかどうかと聞かれた。仕事が決まれば一日240ドルもらえるという。ジリアンもオーディションを受けるのかと聞いてみたら、白人は既に数が足りているらしく、エスニックな顔を探しているということだった。
「ジョルジュ・アルマーニの香水のコマーシャルで、有名な監督らしいの。クラブのシーンだっていうから、セクシーな格好をしていってね」とジリアン。
 東京からスーツケースひとつでロサンジェルスに移ってきてから1年と8ヶ月が経っていた。そのとき、昼間は、週2回のアクティング・クラスと週3日の日系テレビ局でのアルバイト、そして、夜はUCLAでの英語のクラスとエンターテイメント業界について勉強するクラス へ通う生活をしていて、自分にもいよいよハリウッドで仕事をするチャンスが巡ってきたのだと、夢を見ているように気持ちが高ぶり、そそくさと着替えをして出かけた。
 ジリアンのエージェントのオフィスは、当時の私のアパートからさほど遠くないサンセット・ブルバード沿いの傾斜面にあり、表通りからくねくね曲がったコンクリートの階段を降りて行った所にあった。小さな木造のバンガロー・スタイルの建物で、ドアをノックするとすぐに中から、
「カム・イン!」
 という返事があり、ドアノブに手をかけたが、その瞬間、おぼろげな恐怖心が恐がりの私の頭をかすめた。
 東ヨーロッパやロシアの貧しい地域では、モデルの仕事だとかアルバイトを斡旋するエージェントだと称するトラッキング・エージェント(人身売買の斡旋をする人)に騙されて、他国の売春業者へ売り飛ばされる少女たちが後を絶たないというドキュメンタリー番組を観たばかりだったからだ。ここは、表通りから奥まった場所だし、オフィスのなかへ入ってクロロフォルムでも嗅がされたり、頭をガツンと鈍器で殴られたりして意識が朦朧としている間にレイプされてしまう可能性だってある(かなりドラマチック!)。しかし、ここは、ジリアンのエージェントなのだし、まさかそんなことは起こらないだろうと思ったけれど、世の中には、おぞましい考えを持った人たちがたくさんいるのだから気を緩めないようにと、そんな自己防衛が働いたからかもしれない。
ひと呼吸ついてから、ドアを開けると、机がひとつあるだけの小さな部屋にヨーロッパ系のハンサムなロマンス・グレーの男性が座っていた。
「ジリアンからコマーシャルのオーディションがあると聞いて来ました」
 と、蚊の鳴くような声で言ってみると、
「君は、ユニオン(役者組合)に加盟しているの?」
 と聞かれた。
「ノー」
「じゃ、君の場合、日当は75ドルだからね。ユニオンのメンバーだったら240ドルもらえるんだけどなあ」
 と、ロマンス・グレーは、ちょっとしけた顔をした。タレント・エージェントのコミッションは一割だから、私が仕事をしたときの彼の取り分は7ドル50セントしかないわけだ。こうした零細エージェンシーではやりくりが大変なのだろう。
 初めてのオーディションでは、どんなことをやらされるのかと思っていたら、写真選考だけだそうで、ポラロイドを二枚撮ってもらい、紙に名前と住所と電話番号を記入したら帰っていいと言われた。
 そして、その二日後、ジリアンのエージェントからエキストラの仕事が決まったと連絡をもらった。

 4月29日水曜日。生まれて初めての撮影の仕事へ出かける朝、時間に余裕をもってアパートを出た。ハリウッドの撮影現場で働くのはこれが初めてだったから、未知の世界へ飛び込んでゆくことに興奮と緊張をおぼえ、そこに好奇心が交わって、なんともいえない喜々とした高揚感に包まれながらロケ地へ車を走らせた。
 当時は、キャンディ・アップル・レッドという深みのある奇麗な赤い色のホンダ・シビックに乗っていた。小さくて小回りが効き、燃費もよくて気に入っていた。
 私は、地図も読めるし運転も下手ではないけれど、今回の撮影場所はダウンタウンを東方向に抜けたインダストリー地区の倉庫街で、その辺りの土地勘が全くないうえに、殺風景でこれといった目印になる建物もなかったから、途中、二度も道に迷ってしまった。初仕事に遅れたくないと少し焦ったけれど、時間に余裕をもって出たお陰で、コール・タイムといわれる呼び出し時間の5分前にパーキング場を見つけることができた。
 セットは、巨大な倉庫のなかにつくられ、廃墟になった学校の体育館といった感じだった。床は灰色のコンクリートで、外からの光が入らないようにと窓は全て黒い布で覆われていて薄暗く、壁にはグラフィティが施されアングラな雰囲気だった。
ジリアンのエージェントから、自前の服を何組か持っていくようにいわれていたので、セカンド・AD(セカンド・アシスタント・ディレクター)の男性に引率されて、衣装さんへ服を見せに行くと、東京から持ってきていagnes bの黒のミニスカートと、エルメスのジャングルをモチーフにしたスカーフをホルティトップにして体に巻くようにいわれた。ワードローブの部屋の隅で着替えをすると、次は、メイクさんにお化粧をチェックされ、髪の毛を少しいじってもらった。
ハリウッドの撮影現場では、それぞれのスタッフの役割分担がはっきりしていて、流れ作業で次々に世話をやいてくれて支度ができあがってゆくので効率がいいと思った。
同じセカンド・ADが、次はブレックファーストを食べて来なさいと声をかけてくれたので、外へ出てみたけれど、カフェやレストランがあるような雰囲気でもないし、きょろきょろしていたら、食べ物を盛った皿を持ったおじさんが歩いて来たので、片言の英語でたずねてみた。すると、
「ケータリングは、このビルディングの後ろだよ」
 と言うのだけれど、ケータリングがなんのことだか分からなかった私は、
「ケータリングじゃなくて、ブレックファーストがある場所はどこ?」
 と聞き返すと、
「ケータリング・トラックはこのビルの向こう側だってば」
 と言い捨てて行ってしまった。
 朝ご飯はどこだかと聞いているのに、トラックのある場所を教えてくれて訳の分からない人だなと思いながらも言われた方向へ歩いていくと、銀色のトラックがあってその前に人の列ができていた。トラックの横には、長さ七、八メートルのテーブルがあり、そこにはフルーツ・サラダ、菓子パン、ベーグル、ドーナツ、クリーム・チーズ、スモーク・サーモン、多種のコーン・フレークなどがところ狭しと並べられていた。さらに、半分にカットされたオレンジと生ジュースの絞り器や、トースターも設置されていて、それぞれが好みの朝食をアレンジして食べられるようになっていた。
 この銀色のトラックが、調理したての暖かい食べ物を出してくれるケーリング・サービスと呼ばれる移動式レストランなのだ。トラックの中が調理場になっていて、小窓から顔を出すシェフに食べたいものを注文すると、トラックの後方の小窓からできたての食べ物を差し出してくれる。そこに、長テーブルの上から好きな物をとって添えれば、自分好みのブレックファーストがアレンジできる。さすがハリウッド、とても贅沢なシステム。私は、皿に盛れるだけの食べ物を並べて、豪華な朝ご飯を楽しんだ。
 アメリカのエンターテイメント業界では、それぞれの職種で労働組合があり、その組合の規則によってプロダクション/制作側が、クルーや役者に、六時間置きに温かい食べ物を支給することが義務づけられている。六時間を超えてしまった場合、雇用側のプロダクションに、組合に加入している労働メンバーのひとりひとりに罰金を支払うというペナルティーが課される。今回のようにエキストラとクルーを足して五百人ほどの大がかりな撮影の場合、ペナルティーがひとり三十ドルとしても、プロダクション側に一万五千ドルの支払いが課されることになる。
 私は、ユニオンに加入していなかったので、撮影が食事の時間にずれ込んだとしてもペナルティーがもらえない身分だった。でも、その分、食べられるだけ食べて帰ろうと思い、贅沢な朝食を食べながらも、ランチにはさらにどんな贅沢なものが出されるのだろうかと想像して楽しくなった。
 その間にも、ぞくぞくと出演者が集まって来た。撮影には、様々な年齢とタイプの男女が選ばれているなか、黒人男性で管楽器やギターを持っている人たちが目についた。聞けば、ナイト・クラブのバック・グラウンドとしてバンド・メンバーに扮するのだという。
 セットの隅にたくさんの折り畳み椅子が運ばれてきて、エキストラの待機場所がつくられた。私もそこに腰掛け、そわそわしながらキョロキョロと辺りを見回していた。とにかく、エキストラとはいえ、こんな大きなコマーシャルの撮影現場に呼ばれたのは生まれて初めてのこと。なにもかもが珍しくて「すごい、すごい!」と感心することばかりだった。あまり上手くない英語であれはなんだ、これはなんだと質問を連発していたのが煩わしかったのだろう、気が着くと私の周りに人が居なくなっていた。
 そこへマイクロフォーンでアナウンスが響いた。コマーシャルは、ジョージオ・アルマーニが売り出す初めての香水のキャンペーンに使うもので、なんとかいう有名なモデルが主演し、監督はデビット・リンチということだった。大掛かりなセットにエキストラだけでも三百五十人も呼ばれていて、撮影は、おそらく翌朝までの長丁場と予想されるので、エキストラはエネルギーの配分を考えて行動してほしいというアドバイスだった。
 倉庫の中で「うわ〜、朝まで〜!?」というどよめきが起こった。すると、私の隣で、
「でも、すごいオーバー・タイム(残業代)がつくんだからラッキーだよ」
 というので、見ると、さっきまで空いていた椅子に、巨漢の白人男性が座っていた。
「オーバー・タイムって何?」
 と、すかさず聞く私に、この人は丁寧に説明をしてくれた。
 労働組合の規則で、役者に払われる日当は、八時間労働ということで設定され、これを一分でも超えると、日当を八時間で割った時給に50%を上乗せした額がオーバー・タイムとして加算される。さらに、拘束時間が十一時間目に入ると200%になり、十三時間を超えるとゴールデン・タイムと呼ばれて、一時間ごとに随分な額が加算されてゆくらしい。
 額に汗をにじませながら説明してくれたこの人は、トーマス。彼はトランペット奏者で、普段はクラブやバーでトランペットを吹いているけれど、今回はたくさんエキストラが要るということで借り出されて来たという。
「ユニオンに加入しているエキストラは、この仕事で八百ドルにはなるんじゃないかな。」
 と、トーマスの鼻息が荒くなった。トーマスは、これまでエキストラの仕事を何度かしていて事情に詳しいようだったけれど、役者の労働組合(スクリーン・アクターズ・ギルド)に加入しているわけではなかった。
「だってメンバーになるのに千二百ドルもかかるだろ。そんな余裕はないからね」
 と、ブルーの瞳をほんの少し潤ませた。
 彼は、年の頃は三十歳を過ぎたぐらいだったかと記憶する。真っ白なもち肌に頬はピンク色で、人の良さそうな顔立ちをしていた。髪はブロンドだけれど、若禿げで、もうすっかり『サザエさん』の波平さんのヘアスタイルになっていた。常に汗ばんでいて、なんとはない話をしていても目が泳ぐので、体の割に随分と気が小さい人だという印象を受けた。
 それから三時間以上が経っても、撮影が始まる気配は全くなかった。そのうち誰かが楽器を鳴らし始めた。すると、またひとり、さらにまたひとりがそれぞれの楽器で加わり、ジャズの演奏会が始まった。黒人は概してリズム感があるから、歌い始める人も、踊り始める人もいて、あっという間に、ナイト・クラブのシーンが出来上がっていた。「すごい!すごい!」と、私も手拍子で参加した。
 こんなに楽しいことが仕事であっていいものだろうかと思いながらも、この興奮を誰かに伝えたくなって、手紙を書くことにした。でも、この日は、自前のワードローブと化粧道具を持って来ることに気をまわし過ぎていて、ノートも筆記具も、さらに常に持ち歩いている和英の辞書も持って来なかったことに気がついた。トーマスに話すと、ノート・パッドとボールペンを貸してくれたので、東京の母に宛てて手紙を書き始めました。(この手紙は、結局出しそびれて、今でもクリアファイルに保存してある)
 エキストラの仕事を長く経験している人たちは、仕事の要領を心得ているから、時間を潰す為に本や雑誌、ゲーム、編み物などを持参し、また、折りたたみの椅子や膝掛けや携帯の扇風機など、待ち時間を最小限の苦痛で忍ぶための小道具を持ってやってくる。エキストラの仕事が初体験だった私は、周りから教わることだらけで、それがさらに好奇心を駆り立ててて、その瞬間、その瞬間に自分をどっぷりと浸からせるようにして体験した。
 
 午後に入っても撮影は始まらないでいた。体をストレッチしようと思って外へ出ると、倉庫の入り口に、十メートルもあるような食べ物がずらりと並べられたテーブルが設置されているのを見つけて、その豪勢さに驚いた。
 これは、クラフト・サービスといって食事の合間につまんで食べるスナックを提供するセクションで、細長いテーブルには、チョコレート、キャンディー、ポテトチップス、クラッカーに、サンドイッチ、フルーツの盛り合わせ、そして、ナッツ類、マシュマロ、クッキー、ブラウニー、ケーキ、ガム、サンドイッチなどが、色鮮やかな菓子のオンパレードが連なっていた。これがまたタダで食べられるのだろうかと思い、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』が、お菓子の家を見つけたときも、こんな気持ちだったのかなと想像しながら、惹き付けられられるように歩み寄った。
 すると、テーブルの向こう側にいた見張り番のような男が、
「エキストラ?」
 と声をかけてきた。そうだと答えると、男は、
「じゃあ、ユー(You)は触っちゃダメ。これは、主演の役者さんと製作スタッフとクルー用で、エキストラのためのものじゃないんだ」
 と、まるでクラフト・サービス屋というささやかな特権を楽しんでいるかのようだった。そんな少し屈辱的な扱いを受けてしぶしぶ引き下がるのも悔しくて、
「Just looking. (ただ見てるだけよ)」と、強がってみた。
 すると、私の右横で、
「What would you like? What can I get you?(何が欲しいの?どれを取りましょうか?)」
 という男性の声がした。見上げると、そこにデビット・リンチ監督が立っていた。
「サンキュー、でもいいの」と、照れ臭くてそう答えると、
「君の欲しいものを取ってあげるのが今日の僕の一番大切な仕事なんだから、欲しい物を言ってくれないと困っちゃうなあ」
 と冗談を言いながらも、デビット・リンチ監督は、無表情で少し悲し気な目をしていた。この人は、ゆるゆるした穏やかな空気を放つ、なんというか、天海から降りて来たような雰囲気をかもし出していた。
 監督は、私の右手をとって、テーブルの近くまでエスコートしてくれると、今度は、紙ナプキンを自分の片方の手に広げて、「準備はできた、ご指示を・・・」というポーズをとって構えたので、私は、七、八種類ほどの菓子を指差してねだってみた。
「これだけでいいの?」
 と、監督は言い、ナプキンに載せた菓子を私に渡してくれると、トレーラーが並んでいる方向へ歩み去った。
 このやりとりを、黙って見ていたクラフト・サービルの男が、
「今の人、誰だか知ってるの?」と、聞くので、
「デビット・リンチ監督。貴方、監督にはダメだった言えないものね」
 と、嫌みを言ってみた。
「僕のせいじゃないよ。今日はエキストラが三百五十人も来ているから、みんなが一斉に食べ始めたらすぐに無くなっちゃうだろうって、AD(助監督)からエキストラを断わるようにと言い渡されているからだよ」と、クラフト・サービス屋は顔を赤くして弁解した。
エキストラという身分で、ちょっと「おしん」体験をしたけれど、救済に現れたのがデビット・リンチ監督だったのだから返って得をしたような気分で、「なんて素敵な一日だろう!」と、倉庫の中へ戻った。
ノートとペンを貸してくれたお礼にトーマスにお菓子を分けてあげようと思いルンルンしていたら、「ンッ!なに・・・?」セットの様子が、さっきまでと違うことに気がついた。誰かが仕事でミスをしたのか、事故でも起こったのか。みんなが、あちらこちらに固まってヒソヒソと話し合いをしているのだ。さっきまでののんびりした退屈ムードが、緊張感を伴った困惑のムードに塗り替わっていた。何があったのか知りたいけれど、話の輪に割りいって、「あっ、うるさいのが来た」という顔をされるのも嫌だと思い、椅子に座って菓子を食べ始めたら、トーマスが戻って来た。
「オー・マイ・ゴーッド、アイム・スケアード!(どうしよう、僕、怖いよ)」
 と言うので、大きななりをして何を怖がっているのかと思い聞いてみると、青い瞳に恐怖をにじませながら、
「Riot(暴動)が勃発したんだよ」と、トーマス。
                            つづく
   
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